第15幕:さらば四国
ドクオたちの乗った列車はかなりの年代もので、加速・ブレーキ性能、騒音に空調と、
どれをとっても首都圏のどの列車に(悪い意味で)勝っていた。
それもそうである。
何しろ、電化されていない路線なので、電車ではなく汽車が狭い香川の地方民の足代わりになっているのだ。
ついでに言うと、単線であり、ときどきワンマン列車が走る。勿論1両編成だ。
まあ、高松市には、JRとは別に市内を縦横無尽に走る私鉄がある。そちらは電化されているうえに一部区間は
複線なので、市内の通勤客には重宝しているのだが、それはまた別な話なので置いておく。
とにかく列車は、のんびりとした調子でふたりを乗せて市内を走る。
『まもなく 1番のりばに 列車が参ります 危険ですから 白線の 内側に お下がりください』
列車が高松駅に接近すると、早朝の駅に機械的なアナウンスが流れる。
1番のりばに関するアナウンスは、これが今日初めてだ。
時間帯が時間帯だけに、アナウンスを真剣に聴いている者は駅員ぐらいである。
ややあって列車が滑り込み、ゆっくり減速してから停車する。
ぷしゅう、と蒸気音が閑散としたホームに響くと、1両だけの列車のドアが開き、乗客を吐き出した。
乗客の中には、ふたりの姿があった。
『ご乗車有り難うございました。終点高松、高松です』
ドアが開くのと同じタイミングで、中年男性の渋いアナウンスが流れる。
重い荷物を持つふたりは、古い列車特有の高い段差を難儀そうに降り、すとっ、とホームに降り立った。
('A`)「ふう、生まれてこのかた、初めてワンマン列車に乗ったわ」
( ^ω^)「まあ、バスとあまり勝手は変わらなかったお。整理券取るのもナットクだし」
('A`)「まあ、そうだな。ワンマンなら、自動改札でも無い限り同じ作業が必要になるだろう」
( ^ω^)「パスモみたいなモノの導入はしないのかお?」
('A`)「設備投資するだけの金が無いのだろう」
確かに、東京から来た者の意見らしい。設備が、車両が明らかに違うのだ。
('A`)「――えっと、これから瀬戸大橋線への乗り換えは……と」
『乗り換えのご案内を致します。
瀬戸大橋線、快速マリンライナー8号岡山行きは、5番のりばから6時45分の連絡です。
瀬戸大橋線、快速マリンライナー8号岡山行きは、5番のりばから6時45分の連絡です。
予讃線、各駅停車…………』
今度は、ドクオが旅行鞄から時刻表を取り出そうとするのと同じタイミングで、構内にアナウンスが流れる。
( ^ω^)「――なんだか、台本があるみたいにタイミング良いお」
('A`)「全く、筋書きどおりだ。で、今は何時だっけ? 余裕があるならATMを探せると思うが……」
(^ω^; )「――6時40分だお」
腕時計を覗き込みながら答える。
('A`;)「――あまり余裕は無いな。じゃあ、途中の乗換駅の岡山で探すか?」
( ^ω^)「わかったお。それまでは、お茶飲むくらいで我慢するお」
('A`)「じゃあ、俺は電車の席を取ってくるから、俺の分のお茶も自販機で買っておいてくれ。それくらいの金はあるだろ?」
( ^ω^)「了解したお。じゃあ、荷物頼んだお」
そう言って、パンパンに張った旅行鞄をドクオに押し付けると、ブーンは駅の隅にあるホームから駆け出していった。
高松駅は、『ヨ』の字のような形をした櫛型をしており、ロビーの空間にしか階段は無いので、構内は広々としている。
見渡しがとてもいい。
なので、ブーンが駆け出して行っても、人並みも疎らな土曜のこの時間帯だと、余程のことがない限りその姿を見失うことは無い。
じっさい、ホームの端の1番のりばからでも、ブーンの姿ははっきり見届けられる。
だが。
('A`;)「この荷物重いなチクショウ……。一体何が入っていやがるんだ?」
ふたり分の荷物を持ち上げながら、苦々しそうにそう呟く。
ふたり分の荷物を抱えたドクオの足取りは、ふらふらと覚束ない。
やっとこさ5番のりばに辿り着くと、そこにはなかなかシャープな電車が発車を待っていた。
行先表示は、確かにふたりが今から行こうとする『岡山』だ。
電車の傍では、ペットボトルのお茶を両手に持ったブーンがドクオを待ち侘びていた。
( ^ω^)「早くするお!! あと少しで発車するお!!」
('A`)「なに、さっきの列車を降りてから1分と経っていないよ。それよりもお茶クレ、お前の荷物は重い」
( ^ω^)つ□「そうかお? まあ、さっさと席を取るお」
('A`)「そういうこった。ヨッコラセッk……」
荷物を持ち直して、いざホームから車両に移ろうとした途端、例の言葉がドクオの口から漏れそうになる。
(^ω^; )「――ドクオ? パソコンが使えない旅行中とは言え、暫らくvipは控えた方が良いんじゃないかお?
そんなんだから、携帯の電池がすぐ無くなるんだお」
('A`;)「言うな。なに、携帯の充電はちゃんと旅館でしてきたさ」
( ^ω^)「それなら問題無いお。でも、こんな段差も無い列車に乗るのに掛け声を掛けるのもどうかと思うお?」
たしかに、先ほど乗っていた列車と比べると床は低いし、列車は(山手線の列車と比べると明らかに短いが)
1両編成ではないし、何しろ電車である。
コラ、そこの都会人。地方の列車をバカにするんじゃない。これでも良いクラスなんだぞ。
('A`;)「――言うなって、ブーン。ほら、そこにちょうど4人掛けのボックス席が空いてるぞ。
車内も空いてることだし、ふたりで座ってしまおうぜ」
( ^ω^)「じゃあ、ちょっと良心が痛むけどそこに座るお」
進行方向から見て右側のボックス席の網棚に旅行鞄を載せると、シートに深く腰掛けた。
ふたりが大きな溜め息をついていると、車内放送が流れた。
『お早うございます。
快速マリンライナー8号、岡山行きです。
列車は、いちばん後ろが1号車で、先頭が5号車です。
1号車は全席指定席です。
自由席をご利用の方は、2号車から5号車をご利用ください。
列車は全車禁煙です。
お煙草は暫らくの間ご遠慮ください。
お待たせしました。
間もなく発車します』
東京じゃあまり聞くことの出来ない警笛が鋭く鳴ると、列車のドアが閉まる。
ゆっくりと、それでいて静かに電車はホームから滑り出す。
この電車に暫らく揺られれば、寝ていてもに岡山に着いているはずだ。
('A`)「――おい、ブーン。これ、自由席だよな?」
ペットボトルのフタを開けながら、念を押すようにドクオは訊く。
( ^ω^)「そこら辺はちゃんとしているお!! だって、後ろの方にも客車を繋ぐドアがあるお!!」
そういってブーンは、進行方向とは逆、1号車の方を指差す。
('A`)「なら良かった。いつもの展開から、間違えて指定車両に乗ったんじゃないか思ってな……」
『お客様に停車駅のご案内を致します。
高松を出ますと、次は坂出に停まります。
坂出・児島・茶屋町・早島・妹尾・大元・終点岡山に停まって参ります。
終点岡山には、7時45分に到着いたします。
なお、ヒマな人で駅名の読み方を知りたい人は、再変換してください。
多分読み方が出ます』
タイミングよく、何だか微妙だけど車内アナウンスが流れる。
('A`)「岡山には7時45分着か……」
( ^ω^)「じゃあ、1時間はこの電車に乗っていることになるお」
('A`;)「ブーン、新幹線の切符ちゃんと持っているよな?」
(#^ω^)「バカにしないでくれお!! 切符ならちゃんと、失くさないように財布に入れてあるお!!」
その言葉のとおり、彼の財布の中からは2枚の緑色の切符が出てきた。
('A`)「悪い悪い。別に疑ってるわけじゃないんだけどさ、なんだか不安なんだよな……。えっと、
新幹線は何時に岡山を発車するんだっけな?」
( ^ω^)「ええと……、8時6分になってるお」
('A`)「じゃあ、差し引いて乗り換えには20分くらい余裕がある訳か……」
( ^ω^)「その時間内にATMを探せるかお?」
('A`)「うーん……。頑張ったら出来そうだが、いま俺の財布の中に1マソ円くらいあるから、そんなに
急いで金を手に入れる必要も無いんじゃないか? 別に新幹線降りてからでも大丈夫そうだし……」
革製の財布を覗き込みながら、そう答える。顔を上げると、「それに、ATMの場所を知らないし」と付け加えた。
( ^ω^)「じゃあ、別に急ぐ必要も無さそうだお。のんびり電車の揺れに身を任せていたらいいんだお」
('A`)「そう言うこったな。じゃあ、岡山に着くまで景色でも見ようぜ」
パタンと財布を閉じると、窓の向こうに目を移した。
( ^ω^)「わかったおー」
ふたりの乗っている電車は、相当スピードを上げて郊外を疾走している。窓の外に目を遣ると、うしろに流れてゆく景色が楽しめた。
しかし、お世辞にも開放的な景色とは言えない。
四国には山が多く、市街地はネコの額ほどの平野に散在しているのだ。その四国の中でも、他県に比べると比較的なだらかな地形を
している香川県であっても、本州に見られるような平野らしい平野にはあまりお目にかかれない。
貴重な平野を利用している都市部にも所々に小高い山が点在してるし、郊外になると山自体が増えてくるのだ。
なので、線路はその小高い山の間を縫うように走っている。
カーブが多い。
電車は、加速しては減速し、減速しては加速する。
スピード感は味わえないが、それはそれで、ガタンガタンというレールのリズムが変わって耳が楽しい。
山が少し多い区間を抜けると、視界が開けてきた。平野に町並みが広がっている。
見ると、その市街地は、駅を中心にして広がっていた。建設中のビルの姿も見えた。
電車は、その駅に停まる。
坂出駅だ。
駅は高架になっているので、駅前広場から、遠くの市街地までがよく見渡せた。
結節点の駅らしく、ドアが開いてからは乗客の顔ぶれが大きく変わった。
学生らがおおぜい降り、かわって家族連れが増えた。
ホームには、電車の中の家族連れを見送る老人が見られる。
本州住まいの家族が、土日を利用して四国に帰省していたのだろう。
ホームの向こう側、遠くの方を眺めると海が見えた。
目を凝らすと、大きな橋が遠くの方に連なっているのが見える。
四国に来るときは寝台列車だったので分からなかったが、これが瀬戸大橋なのだろう。
時刻表に付いている地図によると、ここが四国最後の停車駅になっている。
そう言えばこの時刻表は、ショボの書店で買ったものだ。
空は、抜けるように青い。
視界も良く、遠くまで本当にはっきりと見渡せた。
('A`)「これで、ひとまずは四国からオサラバか……」
視線は窓の外のままで、向かいのブーンに語りかける。
( ^ω^)「うん。色々とあったお……」
こちらも窓の外を見遣ったままで応える。
('A`)「ああ、本当に色々とあった……」
本当に、色々とあった。
この旅は、元々は無かったものである。
最初は四国の支社への出張から始まって、
いざ帰る日に、台風のせいで四国に足止めを喰らって、
でも、そんな逆境を物ともせずに、
折角の休暇をエンジョイしようと旅行雑誌が欲しくなって、
そんなわけで、ふたりは旅館の近くにあるショボの書店にやって来たのだ。
そこで、
ショボからvip峡について知らされて、
ふたりはvip峡に行くことになった。
その時は、ふたりとも期待で胸を膨らませていた。
2日後には、一般人は知らないような秘境の観光地に居る。
そこには美味しい食べ物も、泉質の良い温泉も、息を飲むような絶景もある。
ふたりは、そんなvip峡に思いを馳せていた。
とりあえず、
明くる日は長岡のタクシーで香川観光をした。
美味しい讃岐うどんを食べたし、台風明けの凛とした山の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
でも。
そのときに、
長岡からvip峡について奇妙な話を聞かされて、
とても不安になって。
あまりに不安になったから、
ふたりは真相をショボの口から聞こうと、書店まで行って。
けれど。
書店の入り口は固く閉ざされていて、
しかも、忌引のようで、
結局、当の本人には逢えなかった。
それから旅館に戻ってからは、黙々と出発の準備をして。
夜になったら寝て、朝になったら起きて。
旅館を出て。
列車に乗って、乗り継いで。
いま、ふたりは四国最後の駅に居る。
『間もなく、1番のりばから、快速マリンライナー8号岡山行きが発車いたします。
ドアが閉まります。ご注意ください』
警笛。
ドアが閉まる。
発車。
加速。
最初はゆっくり、でも、どんどん速く。
やがて、電車は駅の構内から完全に抜ける。
駅を出てから2分か3分経たないうちに、電車は大きく横に揺れて、レールを切り替える。
( ^ω^)「今、本州に通じる線路に入ったみたいだお」
複雑に入り組んだ高架橋の間を縫うように、電車は走る。
('A`)「お、高速の高架が見えるぞ」
道路や市街地が続いていた景色が段々と変わり、臨海地特有の石油コンビナートになる。
( ^ω^)「いよいよ、海を越えるのかお……」
高速道路の高架が鉄道の高架に接近し、やがてひとつになる。
('A`)「さて、これから瀬戸大橋か……」
( ^ω^)「よくこんな橋を造ったお……」
橋は、瀬戸内海をまっぷたつに分けている。
左を見ても海。
右を見ても海。
眼下には、所々に点在する島と、海ばかり。
( ^ω^)「ああ、四国が小さくなっていくお……」
それまで居た陸が、どんどん遠ざかる。
('A`)「――また、来ればいいじゃないか」
呟く。
ドクオは景色から目を離す。
ブーンも、景色から目を離す。
( ^ω^)「――そうだお。また長岡さんに案内して欲しいお」
('A`)「同感だ。小さいけれど、なかなか味のある県だったな」
( ^ω^)「いや、長岡さんの味も負けてなかったお」
('A`)「ははっ、全くだ」
ふたりは顔を見合わせて笑う。
電車は、速度を上げて瀬戸内海を駆けていった。
第15幕:さらば四国 了
42 名前: 下着ドロ(石川県)[] 投稿日:2007/04/16(月) 23:53:33.26 ID:p8xL9wlm0
はい。第15幕、これにて終了です。
今回はシリアス無しでした。
初心に立ち返り、情景描写を多目にしました。
最初は、過疎状態で怖かったですが、優秀な理学療法士さん、
その他おおぜいの支援があり、自分も楽しく投下できました。
読んで下さって、有り難うございます。
45 名前: 下着ドロ(石川県)[] 投稿日:2007/04/16(月) 23:57:53.23 ID:p8xL9wlm0
えと、ふたりが乗っている電車の参考動画をば。
路線は違いますが、ほぼ同じ型の電車です。
携帯の人、すみません。
ttp://www.nicovideo.jp/watch/1175691791
46 名前: 都会っ子(石川県)[] 投稿日:2007/04/17(火) 00:03:09.99 ID:GRPwhgod0
おおぅ、結構多くの人が読んでくれたのですね。嬉しい限りです。
どこまでを一幕に纏めるか、投下間隔はどうするか、試行錯誤の日々です。
春厨ですが、火曜日は基本的に休みな作者でした。
そろそろvip峡の描写をしなきゃならないな……。
では!!
〜〜φ(・ω・´)ノシ
質問とか指摘とかあったら、言ってくださいな。
前へ
次へ